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【フェス飯の鉄人/麦とろ人(吉田隆史)】フェスのエネルギー源となる麦とろ。25年の進化と変化。
「COUNTDOWN JAPAN」をはじめ、日本を代表する数々のビッグフェスにも出店している麦とろ人。フェスやイベントで麦とろというメニューをよく見かけるようになった気もするけれど、一方でいろんな店舗で麦とろを出しているというわけでもないように思う。とろろ専門店である麦とろ人が、はじめてフェスに出店したのが、2001年のROCK IN JAPAN FESTIVALだった。
「そもそも私は寿司の職人でした。個人経営の寿司屋さん。90年代終わり頃になって、回転寿司の店がそこらじゅうにできて、経営が厳しくなって悩んでいたんです。そんな時に、『500人くらいのパーティーがあって、そのケータリングでなんか出せない?』って友達から相談されたんです。それでとろろを使って軍艦で出したんですね。そのケータリングで、デザートを出していた女の子がいて、彼女から『フェスでも出しているんですか』って言われて。『フェスって何?』って感じだったんですよ。ただ野外の音楽イベントには行っていましたから、『フェスでの飲食って、あんな感じなんだ』っていうことだけはわかっていました。それでフェスでの飲食の出店を調べて、最初にヒットしたのが、夏に開催されるROCK IN JAPAN FESTIVALとSUMMER SONICだったんです」と麦とろ人代表の吉田隆史さん。

幸運にも、出店募集に応募した2つのフェスともに通過。出店することになったけれど、右も左もわからないままの出店だったという。
「相談できる知り合いもいませんでしたから。何食用意するのがいいのか、ブースで何ができるのか。そんな初歩的なこともまったくわからない。とりあえず、最初のROCK IN JAPAN FESTIVALでは、600食を用意したんです。自分でも信じられないくらい売れるのが早くて、その600食が初日の昼過ぎに売り切れちゃったんです。スタッフをふたりだけ残して、残りの6人で近くのスーパーでは山芋を買い、100円ショップではピーラーを調達して。ひたすら山芋の皮を剥いて剃って、手で混ぜて。大量のとろろを機械で混ぜるってこともわからなくて、手で混ぜてましたから(笑)。栄養価もあってサラッと食べられる麦とろが、夏フェスにものすごく適合したんだと思います」
ROCK IN JAPAN FESTIVALの直後にあったSUMMER SONICでも、麦とろは人気になり、ROCK IN JAPAN FESTIVALの倍以上を用意したにもかかわらず、売り切れてしまったとか。それから25年。とろろのメニューも、とろろの味付けも試行錯誤を続け、現在の麹の牛タン麦とろに行き着いたという。

「25年前って、フェス飯ってワンコインメニューでしたから。今では1500円も当たり前で、1000円未満で提供するお店が少なくなってきています。美味しいのレベルも上がってます。うちがフェスではじめてのとろろ専門店。フェスでのとろろと言えば麦とろ人と自負しています。塩ダレととろろの味と牛タンの麹の香り。これが三位一体となってうちの味になっていると思います。本当のことを言えば、自分は本当に飽きっぽいんです。飽きっぽい自分がなぜ続けられるか。それは、同じイベントは1年に一回しかないから。会場も違えば、お客さんも違う。ここではこういうメニュー構成にしよう、こういう看板にしよう。去年より美味しいと感じてもらえるメニューにしよう。そのトライ&エラーを続けてきているんです。それと飲食店ではオーナー同士がコミュニケーションをとることってほとんどないんです。けれどフェスなら、オーナー同士が友人になることも多い。イベント仕事ってお互い様っていう感覚があって、割り箸が切れてしまったとか、食材が足りなくなったがあったとしたら、みんなで声かけあって、補いあったりするんです。それがフェスやイベントで飲食を続けている大きな要因のひとつでもあるんですよ」

吉田さんは、新しくフェスに参入したいという方に「コミュニケーション能力がもっとも大切」というアドバイスを残してくれた。お客さんとのコミュニケーションだけではなく、フェスを作る方々や一緒に出店する他の飲食店とのコミュニケーションも必要だと語る。多くの人が満足する味でなければ飲食店は続かない。一期一会ではない、フェスでの食との再会。その時に満足感を感じてもらうための挑戦は25年経っても続いている。

<text・photo=菊地 崇>
「そもそも私は寿司の職人でした。個人経営の寿司屋さん。90年代終わり頃になって、回転寿司の店がそこらじゅうにできて、経営が厳しくなって悩んでいたんです。そんな時に、『500人くらいのパーティーがあって、そのケータリングでなんか出せない?』って友達から相談されたんです。それでとろろを使って軍艦で出したんですね。そのケータリングで、デザートを出していた女の子がいて、彼女から『フェスでも出しているんですか』って言われて。『フェスって何?』って感じだったんですよ。ただ野外の音楽イベントには行っていましたから、『フェスでの飲食って、あんな感じなんだ』っていうことだけはわかっていました。それでフェスでの飲食の出店を調べて、最初にヒットしたのが、夏に開催されるROCK IN JAPAN FESTIVALとSUMMER SONICだったんです」と麦とろ人代表の吉田隆史さん。
幸運にも、出店募集に応募した2つのフェスともに通過。出店することになったけれど、右も左もわからないままの出店だったという。
「相談できる知り合いもいませんでしたから。何食用意するのがいいのか、ブースで何ができるのか。そんな初歩的なこともまったくわからない。とりあえず、最初のROCK IN JAPAN FESTIVALでは、600食を用意したんです。自分でも信じられないくらい売れるのが早くて、その600食が初日の昼過ぎに売り切れちゃったんです。スタッフをふたりだけ残して、残りの6人で近くのスーパーでは山芋を買い、100円ショップではピーラーを調達して。ひたすら山芋の皮を剥いて剃って、手で混ぜて。大量のとろろを機械で混ぜるってこともわからなくて、手で混ぜてましたから(笑)。栄養価もあってサラッと食べられる麦とろが、夏フェスにものすごく適合したんだと思います」
ROCK IN JAPAN FESTIVALの直後にあったSUMMER SONICでも、麦とろは人気になり、ROCK IN JAPAN FESTIVALの倍以上を用意したにもかかわらず、売り切れてしまったとか。それから25年。とろろのメニューも、とろろの味付けも試行錯誤を続け、現在の麹の牛タン麦とろに行き着いたという。
「25年前って、フェス飯ってワンコインメニューでしたから。今では1500円も当たり前で、1000円未満で提供するお店が少なくなってきています。美味しいのレベルも上がってます。うちがフェスではじめてのとろろ専門店。フェスでのとろろと言えば麦とろ人と自負しています。塩ダレととろろの味と牛タンの麹の香り。これが三位一体となってうちの味になっていると思います。本当のことを言えば、自分は本当に飽きっぽいんです。飽きっぽい自分がなぜ続けられるか。それは、同じイベントは1年に一回しかないから。会場も違えば、お客さんも違う。ここではこういうメニュー構成にしよう、こういう看板にしよう。去年より美味しいと感じてもらえるメニューにしよう。そのトライ&エラーを続けてきているんです。それと飲食店ではオーナー同士がコミュニケーションをとることってほとんどないんです。けれどフェスなら、オーナー同士が友人になることも多い。イベント仕事ってお互い様っていう感覚があって、割り箸が切れてしまったとか、食材が足りなくなったがあったとしたら、みんなで声かけあって、補いあったりするんです。それがフェスやイベントで飲食を続けている大きな要因のひとつでもあるんですよ」

吉田さんは、新しくフェスに参入したいという方に「コミュニケーション能力がもっとも大切」というアドバイスを残してくれた。お客さんとのコミュニケーションだけではなく、フェスを作る方々や一緒に出店する他の飲食店とのコミュニケーションも必要だと語る。多くの人が満足する味でなければ飲食店は続かない。一期一会ではない、フェスでの食との再会。その時に満足感を感じてもらうための挑戦は25年経っても続いている。

<text・photo=菊地 崇>